『空芯手帳』
『空芯手帳』 八木 詠美著 筑摩書房
第36回太宰治賞受賞
「女だからという理由で延々と雑用をこなす人生に嫌気がさした柴田は、偽の妊婦を演じることで空虚な日々にささやかな変化を起こしてゆく。」
彼女は、キレて妊娠した。
大きなことではなく、日常の些細なイラっとくることで、簡単にキレた。
そして、嘘の生活が始まる。
物語は、「私が妊娠したのは4日前だった」とさらりと始まっていく。
今流行りのフェミニズム思想として、紹介されている記事をよく目にする。また『82年生まれキム・ジヨン』と一緒に取り上げられていたりと、すっかりそっち系の本と紹介されていることが多いように思う。
が、わたしは…フェミニズムというよりも、本として面白い。と思う。
男とか女とかというより、一人で生きていくには何か理由がいるのかな……と感じたり…
ぶっ飛んでいるようで、とてもリアリティがあって、何が本当か読んでいて分からなくなってくる。
日々の生活のディティールが細かくて、言葉選びが繊細で、心の変化が共感できてしまう。
例えば…
「私がぼうっと立っていると目の前でパステルグリーンのカットソーを着た女性が水筒を取り出し、コップに平然とお茶をついで飲んだ。まだ氷が残っているのか、カラカラと音が響く。」
いきなり電車の中のシーンが目の前にはっきりと浮かび上がってくる。
これって、すごくよく分かる。
えっ?帰りにお茶残ってるんだ!って思ったり、帰りに氷融けてないなんて働いているのかよ?とか感じたりしている自分が目に浮かぶ。
周りの描写が今っぽくって、それでいてOL目線だ。
OLじゃないと共感しないと思う。
OLの平凡な日常を描きつつ、嘘の妊娠という非凡の生活を送る30代女性のリアリティがここにある。
何て言ったらいいのか、嘘なのに本当のよう話。
で、途中から嘘が本当になったの?
え?
やっぱり嘘だったの?
よく分からない…
物語全体に流れている乾いた空気感が、今流行りの小説の匂いがする。
おかげで重くなく、さらりと読むことができる。
「妊娠というのは本当に贅沢、本当に孤独」
これは、本でないとダメだと思う。
実写化したら面白くなくなってしまうなと、頼まれてもいないのにドラマ化の想像なんてしてしまう。
読後しばらく、人の秘密を知って共有しているような気分でいた。